VERNIERバーニア
Treasure α(番外編) それぞれの愛


 「ところでさあ、この船って一体、何処に向かってんの?」
突然思いついたようにロリが言った。
「テラへ…」
男が言った。
「地球だって?」
操縦席のサラが振り向く。
「あの辺りは内乱で未だに激戦区になっている。へたに突っ込んで行ったら死ぬぞ」
真面目な顔でサラが言った。

「へ? それって戦争してるってこと? うっしょぉ。そんじゃもしどっちかが負けたら銀河連邦がなくなっちまうかもしんないってこと? ま、おれには関係ねえことだけどさ」
ロリが頭でっかち尻つぼみ風な声で感想を言った。
「ふん。どうせろくでもない連中が仕切ってたんだ。連邦なんかとっとと潰れちまえばいいのさ」
ダナがふてくされたような口調で言う。
「あら、テラって坊主が祈って屏風に上手に絵を描く修行をしているところじゃありませんの?」
リサが言った。

「それは中世の頃、地球の一部の地域で栄えた宗教且つ文化風俗史上の……」
サラが説明仕掛けるのを制してバーニアが言った。
「あはは。いやだなあ。僕は単に例え話でそう言っただけだよ。僕達が本当に向かっているのは銀河の中でも最も美しいと言われている幻の星……」
「最も美しいといわれている星だって?」
サラが目を細めて考え、
「それって何処ですの?」
リサが目をきらきらさせ、
「もったいぶらねえで早く教えろよ」
ロリがせかした。

「ふん。どうせろくなんじゃねえんだろ?」
ダナがそっぽを向いたその時、バーニアが言った。
「それは地球の隣の星よりも青く、その隣の客は柿よりもみかんが好きで、竹垣に竹立て掛けたのは縦書きにするといつもエラーが出てしまうワープロソフトよりも長大に並んだ軍艦巻の間を抜けてようやく辿り着けるかもしれない僕達だけに許された愛の園……そこへこの船は向かっている」
彼はそれだけ一気にまくし立てると満足したように微笑した。
「まあ、何て壮大なロマンですの」
リサが感激した。
「何がロマンだ。私は遂に頭がいかれたかと思ったぞ」
サラが呆れる。

「でも、何か面白えじゃん、それ」
ロリが乗った。
「だろう? ね、中世の頃流行ってた言葉遊びをもじったんだ」
バーニアが楽しそうに言う。
「ふん。あたしゃ、てっきり性格だけじゃなく、脳みそまでねじくれたのかと思ったよ」
ダナがぼそりと呟く。
「そうつれないこと言わないでよ、おしりちゃん。その星に着いたら、それこそ僕達だけの楽園になるんだからさ」
と、彼女の方へ伸ばし掛けた男の手をハエ叩きでダナが打った。
「あたた! 何なの? それ」
バーニアが訊く。

「ああ、それ。リサがお貸ししましたの。もし、宇宙の旅の途中、お食事の時に宇宙バエが出たらこれで叩こうと思いまして……。バックに入れて持って参りましたの」
と言ってリサがほほほと笑う。
「ハエ叩きだって? そいつはまたえらく原始的な代物だなあ」
サラがまじまじと見つめて言った。
「へえ。面白いじゃん。ピガロスにも虫はいたけど、そんなんなかったし……」
ロリがそれを持つとあちこち叩いて遊ぶ。
「そりゃそうさ。人間の虫なんざショックガン食らわしゃおしまいだもんな」
ダナが銃を構える振りをして言う。
「そういえば、隣のラボで新種の電撃殺虫ゾルを開発してたな」
サラが思い出したように呟く。
「まあ、真珠のドールなんて素敵ですわ」
リサがぱんっと手を打って喜ぶ。
「一体、どういう耳をして……」
呆れるサラ。

「ほんとだ。こんなところにいると頭がおかしくなっちまう。みんな揃っていっぺん人間ドックに入って来た方がいいんじゃないのか?」
ダナが言った。そして、その言葉に反応し掛けたリサを制してダナが大急ぎで続ける。
「言っておくが、無論、人間ドックとはにんじんでも犬でもないぞ。人間が犬の着ぐるみを着た姿でもなく、犬と合体した人間でもない。念のため」
「あら、リサが言おうと思っていたことがみんなわかるなんてダナさんて天才だわ! それともこれはテレパシーですの?」
「あーあ。付き合っておれんわ」
今日はもう何度目かの呆れ顔をするダナ。

「人間ドックか……」
バーニアが呟く。
「乗組員の健康管理はやはり船長の責務。ここは僕が人肌で温めて、一人一人念入りに精密検査をするしかないか」
ばしっと一際大きな音が響いた。ロリが彼の肩をハエ叩きで叩いたのだ。
「こっのう、スケベなハエめ! 退治してやる!」
ロリがムキになって叩いていると、柄がポキリと折れた。
「あら、やっぱり100銀銅貨ショップで買った物じゃ持ちが悪かったようですね」
リサが首を竦める。

「まったく酷いなあ。この僕を虫扱いするなんて……」
「虫じゃなかったら毛虫なんじゃね」
ロリが言った。
「どっちも虫だ」
サラが訂正する。
「でも、毛虫は大人になると美しい蝶になるんだよ。まるで僕の未来を暗示しているようじゃないか」
「つまり、今は毛虫なんだな」
ダナが皮肉を言う。
「おしりちゃーん。どうしてそうさっきから意地悪なことばかり言うの? そうか、それだけ僕のことが大好きってことなんだね。好きな子ほどいじめたくなっちゃうって心理か。乙女心って複雑だな」
「ロリ、その柄でこいつをぶちのめしな!」
ダナが命令する。
「わあった」
ロリが振り上げた棒を掴んでバーニアが言う。

「おっと、タンマ。おしりちゃん、誰かが君を呼んでるよ」
「そんなこと言ってごまかそうたってそうはいかないぞ」
ダナが怒鳴る。が、サラが振り向いて言った。
「本当のようだ。通信が入ってる」
それはダナの担当だった。
「ちっ。仕方がねえな。誰だよ? このくそ忙しい時に通信なんかして来る奴は……」
ぶつくさ文句を言いながら回線を開く。と、ごっつい中年男のドアップがメインスクリーンを占拠した。油ぎった額がてかてかと輝いて野太い眉毛がところどころ薄れてげじげじのようにのたうっている。
「縮小だ! いや、耐えられん。画像を今すぐイメージ映像に切り替えろ! 目がいかれる。心が汚れる。そんでもって気分が悪い!」
バーニアが命じた。

「縮小!」
サラが叫び、
「イメージ画像に……」
と、ダナがスイッチを切り替え、
「おれ、宇宙人っての初めて見たよ!」
と、ロリが感嘆し、
「はい、洗面器!」
と、リサが彼の前に100銀銅貨ショップで買ったそれを突き出す。
「ありがとう。助かったよ」
と、男は言って洗面器を受け取ると頭にかぶり、今は豆粒のように縮小されて画面の隅っこに追いやられている男に話し掛けた。メイン画像は美しい森の風景に変わっている。

「貴船の所属と通信の目的を言え!」
――私は銀河連邦軍情報部二課のファンドゥモップ少佐だ
画面が縮小されたのでボイスも何故か高音気味に聞こえた。
「何? ハンドモップだって? 清掃用品のレンタルなら他を当たってくれ。この船には最新の自動清掃システムが搭載されている」
バーニアが自慢そうに言った。
――私は単なる掃除屋ではない! おまえら銀河に害を為す害虫を駆除するために我々が派遣されたのだ
「駆除だって? 白蟻なんかこの船にはいねえぞ」
ロリが言った。
「スズメバチの被害というのもとんと聞かないしなあ」
サラも言った。

――ちがーう! 私が言っているのはおまえら人間の害虫のことだ!
スクリーンの向こうで男が喚く。イメージ映像の中で跳ねるバッタと見事にシンクロしている。
「まあ、すごーい! バッタって案外太い声をしているんですのね」
リサが感心した。
――くっそぉ。この私を侮辱するとは許さんぞ。この極悪重篤犯罪集団め!
ファンドゥモップ少佐が喚く。

「で、その掃除屋のおっちゃんが何の用だい?」
ダナが訊いた。
――おお、そうだ。忘れるところであった。おまえら全員に逮捕状が出ている。バーニア、並びに、お胸ちゃん、おしりちゃん、くびれちゃん、太ももちゃんの五人全員にだ!
少佐が叫ぶ。
「何!」
ロリが驚き、
「何故ですの?」
リサが問い掛け、
「そんで?」
と、ダナが居直る。が、サラがはっと何かに気が付いて言った。

「何で私の名前がお胸ちゃんになっているんだ?」
「そいや、おれのも太ももちゃんって言ったぞ」
「くびれちゃんなんてどういうことですの?」
「あたしはおしりちゃんなんていかれた名前じゃねえぞ」
一斉に文句をつける。
――だが、書類状には確かにそう記載されているのだ
少佐が威厳に満ちた声で堂々と言った。
「そうさ。君達のIDカードには、正しくそう記載されている」
バーニアが言った。
「貴様、登場人物紹介だけでは飽き足らず、そんなところにまで……」
サラが目を剥く。

「まあ、あの紹介分ってバーニアさんがお書きになりましたの?」
「他に誰があんな書き方をする?」
ダナの言葉にロリもめずらしく同意した。
「そうそう。自分のところだけ、アイドルなんてあるもんな」
――真のアイドルはキッシングラバー号の心であるこの私だが……
どさくさに紛れてキッシングラバー号まで主張したが無視された。

「静かに!」
バーニアが言った。
「この僕こそが銀河に流れる愛の化身……。宇宙に愛を……。銀河連邦軍よ、僕達を捕まえるだなんて、あなた方は間違っている。僕達に今、本当に必要なのは戦うことじゃない。ましてや憎み合うことでもなく、罵り合うことでもない。僕達に必要だったのは愛し合うことだ!」
男の迫真の演技に彼女達は呆れたが、スクリーンの向こうではざわざわとした声が漏れていた。

――そうだ。おれ達は戦うために生まれて来たんじゃない
――愛し合うために生まれて来たんだ
――見ろよ。よく見りゃ、あそこにいる女の子達はみんないい顔をしているじゃないか
――そうだそうだ。どうせなら戦うより愛し合う方がいいに決まっている
――おれ、あの胸のでかい子がいいな
――おれはどっちかと言うとくびれちゃってる奴
――おれは真ん中の黒髪の子が好みだな
押しあいへし合いしながらカメラの前に出ようとする彼らはまるで発情期を迎えたカエルが一匹のメスを狙って一斉に飛び掛かっている光景を彷彿させた。

「何と、空しい奴らだ」
サラが言った。
「おまえ、洗脳電波でも送ったのか?」
ダナが訊いた。
「正義は常に僕に味方する!」
そう言って笑う彼を見て、
――おお、やっぱ、あの黒髪の女の子の笑顔がいいよ。ほら、おれを見て笑ってる
スピーカーから流れて来る声。補助椅子の彼は僅かに顔を顰めるとカチリと通信を切った。
「行こう。僕達には明日がある。こんなところで時間を潰していてはもったいない」
と、そこへ新たな通信が入った。

「バーニア、また新たな通信です」
サラが言った。
「お胸ちゃん、君もなかなか人がいいねえ。そんなのいちいち取り合っていたらこの広い銀河に日が暮れてしまうよ」
「しかし、何だか切迫しているようなのだが……」
「放っておけ。自力で何とかするということを学ぶのも大切だ」
「そうそう。おれ、ちっこい頃から言われてたんだ。自分の飯は自分で盗めってさ」
ロリが言った。
「その通り! 現実っていうのはとかく残酷なもんさ。誰かさんみたいに、甘ったれた気持ちでいつか誰かがなんて言ってたら、そこいらでのたれ死んじまう」
ダナがちらっと斜め前の席を見て言った。が、言われた当人はまるで自覚のない返事をした。
「のたれ死ぬなんて辛いでしょうね。リサは可愛いから誰かが連れて行ってくれるので全然問題ありませんけど、きっと皆さんはご苦労なさったのでしょうね」
「殺すぞ、てめえ」
息巻くダナを押さえてバーニアが言った。

「くびれちゃん、いくら君が可愛くても言っていいことと悪いことがあるよ」
「へえ、たまにはまっとうなこと言うんだ」
ロリが感心する。
「そんなほんとのことを言ったら、実も蓋もないでしょう? そこは少し抑えて僕のように大人になろうね」
「まず、貴様から殺す」
ダナが拳を振り上げる。
「きゃー! やめて! そんな拳でぶたれたら、か弱い僕が痛い痛いしちゃう!」
「何がか弱いだ。さっきはハエ叩きでぶっ叩かれてもびくともしなかったくせに……! そこに直って覚悟しろ!」
シートから立ちあがって来るダナ。彼は慌てて操縦席の方へ逃げた。

「あーん、お胸ちゃん。君の大きなお胸で僕を庇っておくれ」
と顔を埋める。
「そんなもん庇い切れるか!」
サラが怒って突き飛ばす。その時。さんざん待たされた呼び出し信号のアラームがやけになって鳴り響いた。
「そうだ。通信」
サラが回線を開いた。ダナは出る気がなさそうだったからだ。
「はい。こちらはキッシングラバー号。貴船の所属と要件を……」

――あ、あ、あ、本日は晴天なり。よかった! 繋がった!
マイクの向こうから聞こえて来たのは若い男の声だった。遅れて映像も映し出される。彼は金髪碧眼の美しい容姿をしていた。が、スペースジャケットがダサかった。シックな黒に派手な金色のロゴ。大きな文字でパウル コニャフスキーとあらゆる面に刺繍されている。しかもピンクとオレンジの縞模様の大きな蝶ネクタイが彼のファッションセンスに止めを刺した。その彼が爽やかに微笑して言った。
――僕の名前はパウル コニャフスキー
「ああ、わかるよ」
ダナが言った。
――何? 何故僕の名前を? そうか。何と言っても僕のパパはお金持ちだからね。宇宙でも僕の名前が轟いているんだね。すごいや、さすがはパパの息子の僕だ
「こいつは一体何を言っているんだ?」
サラが感情もなく言った。

「パウル……」
リサが悲しそうに呟く。
「おい、何だ? リサの知り合い?」
ロリが訊いた。
「知り合いも何も……」
そうリサが言い掛けた時、マイクが割れそうな勢いでパウルが叫んだ。
――わーお! やっぱりそうだ! マイダーリン! マイン チャスにマイン パンツ!マイ バニーガル! ハロー! こちら地球防衛軍。宇宙の王者今は何処? カエルのおへそは僕のウソ。おー、愛しのきみ、会いたかったよ、リサ
いつまでも騒いでいるパウルにリサがキレた。
「お黙り! もうあなたとは終わりました」
強気なリサの言葉に背後の者達がざわめく。
「へえ、リサって結構言うんだ」
「ありゃ、どう見てもはじめから終わってるとしか言いようがないもんな」
ロリとダナが顔を見合わせて囁く。

「はーい! みんな、お茶とお菓子持って来たよ」
バーニアがそれぞれに配る。
「おっ! 気が利くじゃん」
ロリが早速クッキーを摘む。
「だろ? ちょっと長引きそうな話だからね。じっくり構えて見物しよう」
バーニアの言葉にサラが顔を顰める。
「おい、そんな人の不幸を楽しむようなこと……」
「いいじゃないか。これも社会見聞の一つだろ」
ダナもお茶をすすりながらスクリーンを見た。

――酷いよぉ、リサちゃん。僕達の愛はこれから始まるところじゃないか。いや、まだ始まる前の準備運動にしかなっていないんだよ
「その準備運動でコケたあなたと一緒にはとてもやっていけませんの。どうぞわたしのことはお諦めになって……」
――そんなのいやだよ。僕のお嫁さんにって、せっかくパパが決めたんだもの
「そうやって、あなたはいつもパパ任せ。結婚も離婚もパパの言われた通りに生きるつもりなんですの?」
――当然じゃないか。だってパパはパパなんだもん。何でもくれるし、服もアクセサリーも恋人も、成績だってお金で買ってくれたんだ
パウルがタコのように唇を突き出して言った。

「おいそれって、もしかして不正なんじゃ……」
サラが呟く。
「もしかしなくても不正だろ?」
ロリが言う。
「ああいう馬鹿なぼんぼんがいるから世の中どんどん馬鹿になっちまうんだ」
ダナが怒りに震えながら言った。
「まあ、いいじゃん。そんなことしてたら、どうせろくなことにはならないんだから……」
バーニアの彼が和菓子を食べながら言う。
「あー、誰かお茶のお代わり持って来て」
彼が言った。スクリーンの中では、まだパウルがタコ唇のまま静止している。

「わたし、あなたのそういうところが嫌いですの」
リサがきっぱりと言った。
「そうだそうだ! そんな奴ふっちまえ!」
ロリがはやし立てる。
――そ、そんな……。僕は君が悪い奴にさらわれたんじゃないかと心配になって広い宇宙を探し回って、16時間目にしてやっと君に会うことができたんだよ。少しは僕の苦労を察してくれ
「16時間だってさ、そんな簡単に探せるもんなのか?」
ロリが訊いた。
――パパに教えてもらったんだ。リサの船がレーダーから消えたところから周囲を捜索したらここに辿り着いたって言ってた
「またパパかよ」
ダナも呆れる。

――僕のパパは宇宙で12番目くらいにお金持ちでとってもエライんだ。だから、僕と結婚すれば生涯お金の苦労なんかさせないよ。お金さえあれば、君の欲しい物何でも買ってあげられるし、お金さえあれば幸せになれるんだ。お金さえあれば……

「ふざけるな!」
ロリが怒鳴った。
「金なんかいくらあったって幸せかどうかなんてわかんねえぞ! おれ、金なんかなかったけど、いつも兄貴達とひもじい思いしてたけど、あの頃はあの頃で結構幸せだったし、いくら金持ってたって、あんな場末のピガロスで馬鹿やってる連中いっぱい見て来たけど、あいつらみんな寂しい目をしてたんだ。よくわかんねえけど、おれは思うんだ。人間、金持ちになるだけが幸せじゃねえんだって……」
――……
ロリの言葉にパウルは黙った。さっきまで賑やかだったバーニアの船の仲間達もじんと胸を打たれて静かになった。

「そうよ。これでよくわかりましたこと? わたしはあなたと結婚なんかできません。諦めてパパのところに戻って下さい」
リサに言われてパウルは頷く。
――わかりました。僕、もう一度出直して来ます。そして、今度はきっとあなたに気に入ってもらえるようなスペースジャケットをパパに買ってもらうんだ。そして、もっとお金持ちになって……。そうだ。パパに財産の生前贈与をしてもらってから来ます。そしたら、今度こそきっとお金の力で君を幸せにする。僕を信じて待っていて下さい。財産もらったらすぐに戻って来ます。それまでお元気で……
通信が切れた。ブラックアウトしたスクリーンを見つめてリサがため息をつく。

「だーめだ、ありゃ……」
ダナが呆れた。
「こいつは救いようがないね」
バーニアも言う。
「あの男から逃げて来たのか?」
サラが訊いた。
「ええ。顔も見たことがなかったのに婚約させられて……」
「顔はともかく性格はサイテーだな」
ダナがめずらしく同情的に言った。
「ほんとだ。ろくなもんじゃねえや」
ロリも前の席を蹴飛ばして同意する。

「まあ、元気出せよ。私達は味方だからさ」
サラが慰める。その時、再びスクリーンが揺らめいて画像が入る。
「何だ? またあのタコ野郎か?」
ロリが言った。が、それはパウルではなかった。
――あのう、先程の連邦軍の者ですが、さっきのお話を傍受しまして……
「それで何の用だ?」
サラが訊いた。
――いえ、あの、それで、実に感動しました!
「は?」
――ほら、お金だけが幸せじゃないというあの話です。私共、連邦軍ですが給料は低く、ローンに追われ、子供の教育費はかさんでそれはもう毎日が火の車状態でして……。つい、お金持ちのことを羨んだり、酒に逃げたりしてたんですが、やはり、それではいけないのだと……。貧しくてもそこにしか見出すことのできない楽しみや幸せというものがあるのだなって……私、心を入れ替えました。これからはきっと幸せになります

「何かこのおっちゃん怪しくね?」
ロリが隣の席を見て言う。
「確かに。目がいっちゃってるし……」
ダナが頷く。
そして、皆がバーニアの彼に視線を移す。
――そう! 私は決めたのです。好きな彼女を目指して一途に生きようと……
「それで?」
サラが促す。
――しかし、私は軍人の身。犯罪者と知りながら恋に酔いしれるなんて許されることではありません。が、あえてここで宣言します。私は禁断を恐れないと……。どうぞ、この愛を受け止めて下さい。バーニア、あなたにすべてを捧げ……
男の言葉が終わる前に映像が切れ、バーニアが叫んだ。
「キッシングラバー号! 全速後進! 手段は選ばん! 全力で振り切れ!」

 宇宙の闇はいつも悩ましく、人々を魅了する。今日もまた幾つかの夢とロマンと、禁断を犯しつつ、船は旅するのであった。